カテゴリ:脳 リハビリ 看病( 13 )


2016年 05月 25日

人間ドック、動揺の季節、写真だけ犬ブログ

脳溢血をやっている身としては、ちょっと神経ピリピリの人間ドック。

脳のMRIと、知能検査みたいなやつ、、

もし脳に不都合なことが起こっていれば結果に出るであろう検査。

嫌でも結果が気になります。



「舌がもつれてうまくしゃべれない」

「ことばが出てこない」

「直近の記憶に空白がある」

「日常行動範囲の地図が分断される」

「目覚めのリジュームにやたら時間がかかる」

「突然ギター初心者になる」

「動作の途中で体が固まる」

「やたら眠い、おおあくびが立て続けにでる」、、、、、、、


日頃感じる 「脳がやばいかも自覚症状」 デス。

ま、大概は加齢にともなう症状だったり、

怠惰な生活が招いた結果であったり、

「もともとそんなもんよ」だったり、、

なのでしょうが、そうだと言い切れる確信もないわけです、ワタクソ。

ひょっとすると脳のどこかで血管が切れ、

少しだけ漏れ出た血液が脳細胞に悪さをしているかも、、、

などと考えてしまいます。


過去にこんなこと (人間ドックで新たな出血箇所が認められるとの所見で、

あわてて脳神経外科を受診したが、結局誤診で昔の出血痕だった) もあり、

「写真(X線とか、MRIとか)をちゃんと読める医者はごく一握りしかいない、

なーんていう話も聞くし、検査医療、臨床医療にはかなり懐疑的ではあるが、

でもでも、すがるしかないわけです。


結果が出るのはもう少し先、どうなんだろうか。。。。


脳溢血の顛末はこちらと、
こちらをご覧くださいませ。

写真だけ犬ブログ
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by kemosabee | 2016-05-25 01:14 | 脳 リハビリ 看病
2014年 05月 21日

追加MRI

本日病院へ行ってきました。

こういう経緯で、その一ヶ月目がめぐって来た訳です。

最近は病院も患者の便宜を考えてくれるので検査は殆ど待たずに

サクサク進みました。音はまあサクサクじゃなく、

ゴーゴーゴー、カチカチカチ、ダン、ダン、ダン、、、と、

体験者ならお分かりになる、あの轟音ですが。

とにかく、無事終了。

さて、前回の診察で好印象の先生、

今回も明快な診断でした。

「キモサベさん、一ヶ月でもっと血液が分解されると思ったのですが、

まだ十分ではありません。ある程度こいつが無くならないと、

海綿状なんちゃらなどの血管奇形を含め判断がつきません。

3ヶ月後にもう一回やりましょう」

ってことで9月にまたMRIです。

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「先生、突飛な話で恐縮ですが、

スキージャンプの選手が発症したナンチャラ症候群、

あれ、ワタクソ、症状的に心配なんですけろ」


先生はご存じなかった様ですが、

「スキージャンプ、病気」と入力しネット検索、

「アー、これね、、んん、しかしこれは免疫性の疾患ですからねえ、、。

はい、分かりました専門の外来を予約して紹介します」


患者を小馬鹿にせず、分からないことは分からないと言い、

知らないことは調べ、患者が不安なら解消の道を開く、

良い先生だよほんとに。こういう医者は会ったことないねえ。

ますます好感を持ったキモサベでした。
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by kemosabee | 2014-05-21 15:45 | 脳 リハビリ 看病
2014年 04月 16日

悪夢っちゅうか九死に一生っちゅうか、

ワイフが手配してくれたので人間ドック一泊二日コースに行ってきました。

結果いくつかの不具合が見つかった次第であります。

まあ年齢相応ってのもありました。

が、いままで無縁だと多寡をくくっていた病気も、

赤字で印刷された数値を見せつけられれば

人ごとではないぞっ、っと遅ればせながら真摯なワタクソ。

でも、それだけならブログタイトルはちょっと大袈裟です。


脳MRI検査の結果:左側大脳の奥に比較的新しい出血を認めます。
         40歳の時に脳出血があったことを考えますと、
         海綿状血管腫が疑われます。

ん? MRI画像を見ると、、

おお!くっきり白い固まりが写ってます。

以前と同じ場所、同じくらいの大きさ、、

「キモサベさん、ドカンといかなくて良かったですねえ」

「いやいや先生待ってくださいな、これは40歳の時の痕じゃないの?

比較的ってどのくらい?、1週間?、1ヶ月?、1年?

そう言えば5ヶ月前に頭打ったけどそん時出血したの?

だいたい海綿って何さ?」

「ワタシ専門じゃないんで脳神経外科受診してください」


てなわけで本日、脳神経外科外来、受診してきました。

今日の先生は良かった。

キモサベの脈略のない質問攻めにも、

一つ一つ端的に、整理しながら応え、

今後の方針とか、キモサベが気をつけるべきこととか、

丁寧に説明してくれました。

これは当たり前のこと?!?

そう思うのですが人生の午後にさしかかったキモサベにとって

希有な存在と言えます。


まあまた医者批判をはじめると終わらないのでこの辺で。

一ヶ月後にまたMRIとります。

結果がどうあれバラ色的状況はないのですが、

冷静に受け止めましょう。

すみれ色くらいはあるのか。。。。
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by kemosabee | 2014-04-16 17:56 | 脳 リハビリ 看病
2013年 05月 24日

シリーズ「年齢とか・・#2脳神経外科、行ってきました」

このたびは皆様にご心配を頂き本当にありがとうございました。

ワタクソ総合病院の脳神経外科を受診してまいりました。

母のこと、病院側の事情などでタイミングを逸した感はありますが、

信頼できるであろう病院でそれなりの検査を受けてきました。

結果、「問題なし」でした。なのですが。。。。


今回の通院は、16年前の脳溢血発病前夜、当日、

その時の諸々に酷似した症状が出たからで、

血管切れたと思った訳ではありません。

知りたかった事は、例えば、

「猛烈な眠気とか大あくびは、出血のメカニズムの第一段階に入った可能性があります。

止めるには、、(創作)」とか

「頭の皮のつっぱり感はくも膜下出血に多く見られるのですが、

脳内出血でも部位によって発病前からでることもあります。

これは神経の〜〜(創作)」と言うようなお話。

症状に対する所見ですな。

今の症状が心配すべきか、無用なのか、その理由は、、、

すべきなら何をしたら良いのか、しちゃだめなのか。


もし血管切れそうなら回避したい、心配なければ万歳、、

まあ最悪「キモサベさん、それは地震予知みたいなもんで、、

なんとも言えません」でもいい、納得します、トンチンカンでなければ。


正味30分の検査と、その待ち時間で4時間を経て聞いた所見、

「キモサベさん安心してください、血管は切れてませんよ」でした。

総合受付、脳神経外科の受付、看護婦のヒアリング、問診票、検査前の医師問診でも、

繰り返し来意を説明したのに、、、

患者の言うこと何も聞かず、絶望的なトンチンカンな所見。

「先生よう、悪いけろ俺は経験者だぜ、切れたか切れてないかはな、

手間ひまかけなくても分かるんだよ。だからよ、先生よう、

先生は頭の血管切れた事無いだろ、でもな、おれはあるんだよ悪いけろ。。」くらいの、

冷静さを欠いた支離滅裂な捨て台詞でも吐きたかったが、、

キモサベはちょっと疲れてたんでしょう。取りつく島が無いっちゅうか。。

「はい、良かったなあ。安心しました」で帰ってきました。


そしてできる事、する事と言えば、ずーっとそうして来たように

「先ずは寝る」「十分寝たら飯を食う」、、、です。

なんか、脈略薄いが、「雨にも負けず風にも負けず、

雪にも夏の暑さにも負けぬ丈夫な体を持ち、、」を思い出すなあ。


あんな事に何万円も使うならなあ、これからの季節、山仕事のために

フルブリム(一周ツバがある)ヘルメットでも買った方が

何倍も価値があるというものだ。

ていうか、もう買ったんだけろ。。。

黄色いそれを被ったワタクソを見てワイフは「幼稚園児みたい」と言います。

「みんなにデクノボーとよばれ、苦にもされず、褒められもせず、

そういうものにワタシはなりたい」
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by kemosabee | 2013-05-24 18:10 | 脳 リハビリ 看病
2013年 04月 16日

あの時の、あの感じ / 来客

facebookにつまらぬ事を書き、皆様にご心配を頂きごめんなさい。

優しいやさしいコメントをお寄せいただいた皆様、

本当に、ほんとうにありがとうございました。

ワタクソ、今の所元気にしておりまする。。

良くよーく寝て、よく食べて、心の平和を保つようつとめ、

あれを繰り返さぬようつとめておりまする。

急性症状が治まったら信頼の置けるお医者様に診てもらいます。



いつもとは明らかに違うあの時のあの感じ、、。
(、、についてはここここをご覧下さいまし)

40才台前半で患った脳溢血、その前夜、、、。

猛烈な倦怠感、ひっきりなしの大あくび、

寒気、集中力の欠如、頭の皮のつっぱり感。。

何もかも、今回も、、全く同じ。

そしたら先ず、とにかく、何はともあれ,寝る。



ちょっと厄介事がありました。

前回発病時に比べれば、とるに足らぬちっぽけな出来事ではありますが、

三日三晩かかりっきりに。。。

キャパが激減しているワタクソには、かなりの負荷だったんだろうと思います。

もろもろやっと落ち着き戦線を離れ、空腹に気づき、そば屋へ。

「うーん、旨い、これは旨い」、、幸せの対価を払い、

のれんをくぐると、プワーッ、、ブルブル、、あくびと寒気。。

「やっやっやっヤバいぞ、キモサベ、眠れ、いーから眠れ、、」

そば屋の駐車場でシートバックを倒し、睡眠、先ずは寝る。。。

目が覚めて体と相談、家に戻って爆睡。

目覚めて飯を食い、また爆睡。。

繰り返し今に至る、、って感じです。

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by kemosabee | 2013-04-16 20:31 | 脳 リハビリ 看病
2011年 06月 18日

先ずは寝る、寝たら飯を食う、、

土曜日未明、2時過ぎ、2人と2頭は高速道路ETC入り口を

時速30キロで通過、北への旅に出発。。

高速道路の上限千円の恩恵に被ろうと還暦一歩手前のキモサベは

「あの教え」を忘れ暴挙に出た訳です。5000円の節約のために。

出発前に仮眠をとったとは言え、頭はドンヨリ状態。

目的地にさしかかる頃には、運転に集中できず、

例えばラジオを「交通情報」に切り替えても、

ラジオを操作した自分から、運転している自分にかえるまで、

すごく時間がかかります。おおあくびが出ます。

あの深夜の山中湖ドライブを思い出し、戦慄が走りました。

「同じ体験をする人を少しでも減らしたい」などと言っておきながら、

自分自身で二の舞を演じるところだったかも分りません。

「先ずは寝る、寝たら飯を食う」 だな、Mr. Hanson!!

で、今回の旅の目的ですが、一つはターシャの発育具合を

お里で見て頂く事、「どうでしょうか、女史?」
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ちょっと太らせ過ぎでした。

目的はあと二つ。。次稿にて。。
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by kemosabee | 2011-06-18 19:58 | 脳 リハビリ 看病
2010年 03月 18日

脳溢血 脳梗塞 脳障害、ワタクソの場合(後編)

「脳溢血、ちゃんと書きます」

 脳溢血体験を綴った過去の記事を読んで頂いた方から「まとめたらいいのに」にご助言頂きました。偶然その方は同じ会社に勤めていた方です。顔と名前はお互い知っていましたが、話した事はありません。彼の弟さんが同じ病気を患い、ネットで脳溢血関係の情報収集していて偶然ワタクソの記事を発見して頂きました。ん?ひょっとしてキモサベさんでは、と連絡をいただいた次第です。
 「こう言う情報欲しい人はのんきにしていられないから、まとめて書いたら喜ばれますよ」との助言を頂き、三日三晩悩んだ末こういう形にしました。冗長な記事故、これでものんきにしていられない方にはもどかしいと思います。数回読み返しリライトを試みましたが思うにまかせず、殆ど原文のままです。

文字数の制約から2つの記事に分割しています。こちらが後編。前編はひとつ前の記事をご覧下さい。



「使者」///キモサベは発病時から歩けました。意図する事とは違うものの、言葉を発する事ができました。やられた右半身も全く動かないと言う訳ではありませんでした。この程度の患者さんは医者から見れば「軽症」です。確かに同病の患者さんの中で「軽症」なのでしょう。神に感謝します。
 医学、医療は症状の改善を目的とする訳ですから、重篤なものから対象となり、軽いものは後回しになるのも当然です。動物の名前と言われライオンしか分からなくても、人間としての機能が著しく損なわれていても、比較に置いて軽症は軽症です。脳障害のリハビリテーション・プログラムは、キモサベ程度の患者を対象にしていないと感じました。
**********
「障害」って何だろう、俺は一体何がダメになったんだろう、何ができなくなったんだろう、そもそも何ができたんだろう。医師の言葉を聞いてからキモサベの頭は動き始めた。能動的に「考える」ことを始めた。それまでは多分、外からの刺激に反応していたに過ぎないのだろう。
 「動物の名前か、、いくつだって言えたはずだ。名前、、名前、ああ、名前ね、これはベッドだ、あれは窓だ、そう、これは毛布。」目につくものの名前を片っ端から口に出した。だが、すぐ詰まる、分からない物だらけだ。「あの水が入っているやつ、、えっと、、、」へとへとになり中断、本日はここまで。
 言語療法士診断。看護婦は「言語療法リハビリ」と呼んでいたが、今考えるとあれはリハビリではない、単なる知能テストだ。結果によって、ああしろ、こうしろと指示とか、プログラムの提示がある訳ではない。ただいくつかのテストをし、「記憶の方はかなり改善されましたね」とか「空間位置関係認識がまだあやふやな感じですねえ」とかその時点の診断を下されるだけ。
 キモサベのリハビリをしてくれたのは母親だ。見舞いに来ると「書き取り」をやらされる。母親が新聞記事を読み、キモサベはそれをひらがなで書きとる。右手が使えないうちは左手で書いた。なぜ母が「ひらがな」で書かせたのか分からないが、「音」「意味」というような概念を整理して脳を再構築するために、非常に有効な手段だったと思う。
 最初は2、3行も書けば限界だったそうだ。疲れ果ててしまう。できばえもひどいもので、たとえば「できばえ」ということばも「でばきえ」と言った具合。
 母のリハビリは続き、言語療法士の知能テストも好結果を残すようになった。毎回同じ事を繰り返し点数がつく。どんどん点数が上がる。もの凄く嬉しかった。動物の名前もネコ科、イヌ科、類人猿、、とグループごとに思い出す戦略も使えるようになり、「はい、もうそのくらいでいいですよ」と言われるようになった。
 2週間くらい経った頃、初めて見る医師が「キモサベさん、そろそろお仕事に戻らないといけないんじゃないですか、お立場もあるでしょうしね」と言いに来た。その医師がどういう立場のひとなのかは分からなかったが、キモサベには「使者」だった。現実社会からやってきた使者


「後遺症」///血管が切れた部位、出血の及んだ範囲により、当然症状は違います。後遺症の種類も程度も違うわけです。キモサベの場合右半身の運動神経麻痺、言語障害、記憶障害がはっきり分かる症状でした。この他知能テストにより明らかになったいくつかの障害があります。空間認識障害とか視神経障害とか。しかし、さらに厄介な後遺症も沢山あります。
 パソコンで言えばCPU、 メモリ、ハードディスク、マザーボードそれぞれに大小の不具合がある状態です。深刻な機能欠損に加え、ちょっと不可解不審な動きが一杯ある状態。買い替えですね。
***********
キモサベは、両親が暮らす家で自宅療養をする事になり退院した。家族、脳神経外科長、主治医らが話して導いた結論だった。その時点でキモサベには、判断する能力は未だ無かったのだろう、言われるがままに従った。規則正しい生活が始まった。朝夕の書き取り、体操、食事、日課通りの毎日。。
 日課の中でキモサベの楽しみは「散歩」だった。毎日少しずつ距離をのばした。中学時代までを過ごした街、勝手は分かっているはずだった。だが、頭の中で点と点が繋がらない。汗をかきひとつずつ歩いて繋いでいった。その日は繋がっても翌日には分からない、それを繰り返しなんとか頭の中に断片的な地図がいくつかできる、しかし断片どうしは繋がらない。
 散歩の途中、店に立ち寄る「冒険」も始めた。「初めてのお使い」よろしく母に頼まれた買い物もしたが、主目的は社会との接点をもつこと、それが散歩のメインアクティビティーになった。なかでも楽器店は欠かせなかった。中心部にあるいくつかの楽器店を順番にまわった。ある日、一番大きな楽器店に立ち寄った。大手メーカーの小売り店だ。路面フロアにピアノが並んでいる。電子ピアノを見ていると二人の女性店員がやってきた。「なにか、、」ひとりが言った。ひどく冷淡横柄な響き、キモサベは頭に血がのぼった。「お買い求め頂けないようでした、お手を触れないで下さい」追い打ち、悪意の表情。キモサベは抗議したいが言葉が出てこない、その事が絶望感を呼び、さらに血がのぼる、口をパクパクするだけ。「そっそ、そういうの、やめてください。。ヒー」やっとひとこと口にすると同時にキモサベは泣きだした。店員ポカン、無理も無い、大の大人が大声で泣きわめいているのだから。キモサベはそのまま店を出た。
 家でも何度か泣きわめいた。感情が高ぶった状態で、複雑な事を説明しなくてはならない時に泣きわめいた。医者の家庭だから「おお、症状が出てるわい」程度に受け流してくれたが、なんの予備知識も無くこれをやられたら、とまどうだろう、患者自身よりも絶望するかもしれない。「壊れたお父さんが、今度は赤ちゃんになった」


「囲碁」///3日、3ヶ月、3年。。3日で障害の程度は決まってしまう、3ヶ月で回復の可能性は見える、3年のリハビリで直らないものはもうダメ。これは医師も口にする言葉です。キモサベは首をかしげます。3日で程度が決まるというのは「かもね」程度に同意しますが、可能性は3ヶ月では分かりません。どこまで回復するか、それは「意志と工夫次第」だと思います。キモサベは現在発病後10年以上経過して、まだ後遺症はありますが回復させようとしています。今でも様々な工夫をしています。そして確実にやっただけの事はあると実感しています。リハビリというのは、できない事を、できるようにする事です。楽器を習う、スポーツを習得する、ある意味同じ事です。効果的な練習、これに尽きます。
***********
脳神経外科医長のすすめで「囲碁クラブ」に通った。子供の頃、父親に「キモサベ、囲碁をやれ、おもしろいぞ」と何度か言われた記憶がある。興味はあったがきっかけもなく、やらずじまい。この捕らえどころの無い、曖昧な陣取りゲームが、脳障害リハビリに有効だというのだ。
 実家から4キロほどの距離に「囲碁クラブ」なるものがあった。2階建てで上にも下にも、ただ囲碁の盤が置いてあるだけの施設だ。担当者とおぼしきおじさんに来意を告げると「XX先生からきいてますよ、じゃ2階へ行きましょう」とどんどん連れて行かれた。「じゃあ子供と9路盤でやって下さい」、「とおっしゃいますと、、」何がなんだかわからないキモサベは置き去り。ほどなく5、6才の少年を伴い、手には小さな板を持っておじさんば戻ってきた。
 9路盤というのは縦横9升しかない初心者用の囲碁盤、それを使って子供と対戦しろということらしい。おじさんはルールを30秒程で説明すると「じゃあ何回かやってみて下さい。健介手加減しなくていいからな」と言うとスタスタ階段を降りて行った。「じゃあ、赤眼鏡(キモサベの事)からでいいよ」、立て続けに10戦ほどやった。10回ほど負けた。「赤眼鏡ちょっと分かってきたね、僕飽きたから、じゃあね」健介はダダッダっと階段を降りて行ってしまった。きもさべ置き去り。
 十分ほどでおじさんがやってきた。「この番号のとおり並べて下さい、あっ、今度はこっちの盤使って下さい、じゃ、ゆっくりやってください」で、スタスタっと去る。手渡された新聞の切り抜き、プロの対局が記録されている。白黒交互に番号通り並べる、ただただ並べる。ふむふむ、なるほど、あーね、、、しかし、これは何か効果があるのか、、、やがて猛烈に眠くなりそのまま爆睡。この日は帰宅後も爆睡。
 具体的な効果は定かでないが、日常にはあり得ないほど脳を使う事は確かだ。なにか良さそうな気がするぞ。。よし、次は何をしようか。


「暴挙」///「運動神経」と言うと、スポーツをする能力に関係する機能を考えますが、随意筋を動かす神経すべてが「運動神経」な訳です。ペンを持って字を書くのも、バイオリンを弾くのも、パソコンのキーボード叩くのも、頭を掻くのも、、全て。
 右半身不随、文字通り右半分の随意筋を動かす運動神経がやられてしまった訳です。しかし、どうもそれだけじゃすまないようです。右がダメになると、災難を免れた左との「能力のバランス」が崩れるように思います。顕著なのは体のバランス。

「囲碁クラブ」の帰り道、歩きながらふと気がつくと、右手を振っていない。歩いていれば自然に振れるはずの右手が、ぶらんと下がったままだ。本人は運動神経の回復に自信を持ち始めていたのでショック。直ぐにあれこれ対策を考え、「自転車だ」と結論した。タイミングよくキモサベの家の近所に住む友人が、見舞いにきてくれると言うので、愛車キャノンデール号を持ってきてもらった。
 さて、乗れるか。怖々またがり漕ぎ出した。乗れた。走った。幸せを感じた。車体を傾け旋回だ、ビューン、ガチャーン、こけた。傾くとこける。ある程度傾斜するとスイッチが切れたように、クラッとくる。それまで感じていた加速度とか重力とかの感覚がなくなり真っ白になる。「俺の脳は手抜き工事をしている、、うん、どうせこのくらいの角度までしか使わないようだから、ここから先はいいかってな具合に」、そう考えたキモサベは「手抜きは許さん」とばかり運動神経「再」リハビリ開始。
 ベッドに座ってバランス体操、人に押されても立ち姿勢維持する運動、こけながら自転車旋回、考えられる事を次々試した。しかし何をやっても歯がゆく、ある日「バイクの免許取りに行くわ」と母親にぼそっと言い、その日のうちに入校手続きを済ませた。母はどうせ止めても聞かないでしょうと思ったそうだ。
 バイク免許は、免許証を更新忘れで失効した際に失なった。再度試験を受ける時間も気力も無く、そのままになっていた。ちょうど教習所で取得できるようになったので「バランスはバイクだわ」程度の考えで入校した。軽度とは言え脳溢血を患らい、半身不随の後遺症、回復を実感し始めていたとは言え、手すりがなければ階段も降りれない。。生来の極楽とんぼ体質に障害が拍車をかけてやらしめた暴挙、、、だ。


「奇跡」///ある日、ある時、突然。運動神経リハビリ過程で何かができるようになるのは、殆どの場合、徐々にではありませんでした。ある日手を振って歩いていると言う感じです。もちろん、筋力の回復が必要なものは、一歩一歩できるようになりますが、その場合でも「自覚できる回復ポイント」があります。諦めないで続けているとある時点で急激に回復します。
***********
こける、またこける、立って乗って直ぐこける。教官うんざり、バイクはガタガタボロボロ、でもキモサベ一人やる気満々。教官の精神的回復を待ち、教習再開、さあ、今度こそ。。こけて、こけてこけまくる。「フー、、キモサベさん、今日もハンコ押せないよ」「はい、当然です」。
 キモサベは病気の事を内緒で入校した。入校を断られることをおそれた。しかし、異常に気づいた教官が上司に告げたらしく、ある日、キモサベの悪戦苦闘ぶりを、遠くから腕組みをしながら見ていた年配の教官が、教習の途中こちらに歩み寄ると「キモサベさん主任のXXです。大変失礼なことを、うかがうけれど脳梗塞やってませんか、、」ときり出した。
 主任は数年前に脳梗塞をやったそうだ。現場復帰を目指し、バイクにまたがり特訓をしたそうだが、キモサベの様子がその時の自分とそっくりだと言うのだ。彼は現場を諦め事務職に配置換えされた。主任の実直な話し方に、キモサベも正直に話した。「リハビリの一環と言う事であればもう少しご協力しますが、教習車を何台も壊されても困っちゃうので、2、3日様子を見てまたお話ししましょう」。。真心を感じた。
 若い教官はこの裁定に不満な様子。腕時計を見ながら、こちらは見ずに「はい、キモサベさん、あと20分、八の字やってて下さいね」とぶっきらぼうに言い残し、校舎に戻る主任の後を追いかけて行ってしまった。20分20回はこけたな。
 その翌日、予約がすいていたので2回乗った。午前中一回の教習の後、実家で昼食を済ませ2回目の教習にのぞんだ。初めて顔を見る教官だったが、いろいろ他の教官から聞いているに違いない、皮肉っぽい感じ。「じゃ八の字ね、キモサベさーん、八の字だからって8日やらなくてもいいんだよ」。!!!!頭に血がのぼったキモサベ、「ビービーッ、ビビーッ」とホーンを鳴らした。ビックリ教官「な、な、んな、、これが試験だったら中止だぞ」とどなった。キモサベはエンジン空ぶかし一発、制止をふりきりスタート。キモサベ専用と化した感のある八の字コースに入った。手前のパイロンの左をとおり、向こう側のパイロン右に向かった。パイロンを左にみて旋回。ヤマハ製のバイク、大きく傾きクルッと向きを換えた。すかさず加速、スッと車体を起こし反対のパイロンへ。ガリガリッガッガッ次の旋回ではステップが地面に当たるまで傾斜した、でもこけない、スッチ切れない。真っ白にならない。急加速、急制動、旋回、急加速、急制動、旋回、、快調、快調。。
 「いいですけど、、ネ、、ステップ擦っちゃだめですよ」教官は渋々ハンコを押してくれた。
 キセキ。。ミラクル。。


「回復程度希望申告」///これは100%キモサベの私見であります。人間は生まれてからある年齢になるまでは、一応何でもできるように出来上がっていきます。スポーツでも、芸術でも、政治家でも、漁師でも、、もちろん各要素の出来映えは人により異なりますが、何でもできる事を目指して成長します。
 しかし、一回出来上がってから壊れた場合、からだはその時必要とする事しか修復しようとはしません。それも時間制限付きで、「14日以内に必要だと意思表示しないと時間切れ」とか「これは1年のうちに言ってくれれば直すよ」というように「申告の時期」が決まっています。
 つまり、一刻も早く、少しでも多く、「修復希望の申告」をしなくてはなりません。
 さらに修復の全体規模、範囲は「申告の内容」で決まるようにも思います。つまりリハビリで手の指を動かす事だけに終始すれば、体は「指規模の修復希望」と解釈し、全ての回復が「指規模」になってしまう。反対に全身の運動を目指していれば「厄介なやつだ、でも、まあ、希望とあればしょうがない、協力しましょう」となるわけです。
 ここで言う「回復、修復」は単に運動能力に留まらず、脳の機能全体です。歩行困難な状態で言語障害、記憶障害などなどあっても、例えばトランポリンをやることにより、歩行能力だけでなく、言葉も記憶も大きな規模で修復しようとつとめてくれるのだと思います。
 もちろんこれは「申告」なので、受理され作業が始まっても、結果はわかりません。でも「ダメもと」、「申告」して損は無いと思います。
あくまでも私見、イメージのお話です。でもキモサベの確かな実感です。
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by kemosabee | 2010-03-18 21:25 | 脳 リハビリ 看病
2010年 03月 18日

脳溢血 脳梗塞 脳障害、ワタクソの場合(前編)

「脳溢血、ちゃんと書きます」

 脳溢血体験を綴った過去の記事を読んで頂いた方から「まとめたらいいのに」にご助言頂きました。偶然その方は同じ会社に勤めていた方です。顔と名前はお互い知っていましたが、話した事はありません。彼の弟さんが同じ病気を患い、ネットで脳溢血関係の情報収集していて偶然ワタクソの記事を発見して頂きました。ん?ひょっとしてキモサベさんでは、と連絡をいただいた次第です。
 「こう言う情報欲しい人はのんきにしていられないから、まとめて書いたら喜ばれますよ」との助言を頂き、三日三晩悩んだ末こういう形にしました。冗長な記事故、これでものんきにしていられない方にはもどかしいと思います。数回読み返しリライトを試みましたが思うにまかせず、殆ど原文のままです。

文字数の制約から2つの記事に分割しています こちらが前編です。

序章
**********
 最近ある方から「おまえの脳溢血の話、きちんと書いた方がいいぞ」と言われました。このブログにキモサベの患った病気の話を、しっかりと経験談として書け、それは義務だ、おちゃらけずに書け。というご意見、というよりご指導でした。これまでに何回か書きました。しかし、「しっかりと、きちんと」ではなかった。
 同じ話を何回も書くのも気が引ける、思い出したい素敵な体験ではないし、それに医学的な裏付けがある訳ではない、ちょっと荒唐無稽な話でもある、犬ブログだし、、こんな思いがキモサベをこの主題から遠ざけていました。たまに触れても、ちょっと斜めになりがちでした。しかし、「義務」と言われては、、。

 もしも、違う経緯をたどっていたら、、医療機関、ドクター、家族、友人、自身の性格、様々な偶然、ひとつでも欠けていたら、組み合わせが違っていたら、、結果も違っていたでしょう。キモサベの辿った経緯は、キモサベの運命です。良い結果に繋がる運命でした。その運命を決める要素の中には「分かっていれば最初からそうできる」ものも沢山あります。それをこのブログに記す事が、ある方曰くの「義務」を果たすことになるのでしょうか。

 キモサベの体験の中で是非皆さんにきいて頂きたい事、その一「予防」、その二「病院/ドクターの選択」、その三「リハビリの方法」の三点です。一患者の立場で、常識、慣例、迷信にとらわれず、書かせて頂く事にします。ちょっと時間を下さい。
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「予兆」///キモサベはショービジネスの仕事をしていました。
 19XX年7月25日、その日は担当していたイベントの本番、7日間、ろくに寝ていない日が続いていた。最後の二日間は殆ど徹夜。しかし、体力には妙な自身があり、自覚できる症状もないままイベントは無事終了。
 後始末を終え夜7時、親しい友人の結婚披露パーティーに出かけた。会場ではビールなどをプハーッといただき、幸せなお二人とドモドモと歓談し、楽しいひと時を過ごした。そしてそのあと知人と待ち合わせ、キモサベの運転する車で山中湖へ向かった。
 10時、中央自動車道にのり快調に西へ向かった。東富士五湖道路に入った頃、ちょっと寒くなり知人にエアコンを切ってもよいかと尋ねた。エアコンを切ってもなお寒かったが、さすがにヒーターまでは頼めずそのまま運転を続けた。ほどなく猛烈な眠気に襲われた。睡眠時間を考えれば無理も無いことと思い、残り僅かな道のりを急いだ。
 「キモサベさん、起きて!」知人の声で目が覚めた。ハンドルを握りながら完全に寝ていた。この先の記憶は定かでない。知人後日談によると、寝ては起こすを何回も繰り返したそうだ。その寝方も尋常でなく、起きているかと思うと突然ガクッと首が折れ、いきなりいびきをかく、という状態だったようだ。
 「キモサベさん、着きましたよ、起きて下さい」車はコテージの前に停まっていた。知人が運転を代わってくれたようだ。眠気もおさまり、コテージで待っていた先着隊と合流、先ずはビールで乾杯、しばし談笑の後午前一時就寝。この時キモサベの頭蓋骨の中では異変が起きていたのだと思う。


「カウントダウン」///今回の山中湖行きの目的は水上スキーです。キモサベは学生の頃、芦ノ湖で友人の経営する水上スキースクールを手伝っていました。生徒さんの講習の合間にちょこちょこ練習をさせてもらい、最後はインストラクターの資格を取りました。大好きなスポーツです。ハードで危険ではありますが、水の上を滑る非日常的体験、そのそう快さは筆舌に尽くしがたい。
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 コテージの朝7時、木漏れ日、鳥のさえずり、いい感じ。しかしキモサベの目覚めは芳しくなく「もっと寝むりたーい」。でも今日は水上スキーだ、ワクワク。もたもたしている訳には行かない。まだ寝ている体にむち打って支度、ワイワイガヤガヤと出発。途中ファミリーレストランで朝食、普通に食欲もあり「卵、ベーコン、サラダの朝食」を完食。
 スクールに到着、我々の他に2グループ、既にボートで湖上にでている。粗末なクラブハウスで順番待ち。キモサベやがて熟睡。
 「キモサベさーん!! 4人でどうぞ」スクールインストラクターの声で目が覚めた。委細構わずいきなり戦闘モード、さあ、滑るぞ。仲間三人とボートに乗り込む。湖面はさざ波程度、よしよしいいぞ。一番手はキモサベだ。
 ウエットスーツのジッパーを上げ、ライフジャケットを着込み、握力を補う専用の手袋をはめ、コネリー製の板をはき、ザブーン!船尾から湖へダイブイン。皮膚とウエットスーツの隙間に水が入って来る、もうすぐ盛夏だというのにまだ冷たい。ボートは微速で遠ざかりる。座席の真ん中に立てられたポールに繋がれたロープは、キモサベの手にしたグリップとの間でたるみがなくなり、水面から水しぶきをあげて飛び出し、ピーンと張った。
 「お願いしまーす!!」キモサベの大声を合図に、ボートは全力でスタートした。キモサベは猛烈な力で引かれた。

発病までまもなく、、。


「異変」///水上スキー、モーターボートに引っ張られて水面を滑走するスポーツの総称です。一本の板で水面に設置したブイを蛇行してクリアしていく「スラローム」、2枚の大きな板をはき、台をつかってジャンプして飛距離を争う「ジャンプ」、一枚、または2枚の小さな板を使って技を競う「トリック」の三種類の種目があります。そして近年「ウエイク(ボートの引き波)ボード」という横乗り系の種目が誕生し人気があります。これはその名の通り、引き波を使ってのジャンプ等アクロバティックな技を競うものです。キモサベはスラローム、ウエイクボードをやります。
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ボートのスピードが乗ったところでグイッと前の足に体重を乗せると、キモサベの体はヌルッと水面に出た。この瞬間がたまらない、纏わりつく不浄なものを払い落とし、下界から一気に天空に舞い上がったような特別な爽快感だ。親指を立て合図を送るとボートはスピードを上げる。水面は潤滑油を敷いたタイルのように変化する。
 思い切り体を傾け、ボートの引き波をエッジで切りながら、大きく進行方向と直角方向へ出る。すぐさまエッジを切り替える、スキーは大きな水のカーテンを創りながら回り始める。体は内側にどんどん傾く。方向が変わったらグイッとロープを引く、スキーは加速をはじめ、引き波に突っ込んで行く。何回目かのターン、回転の途中タイミングが合わず転倒。キモサベの体は水面を跳ねる小石のように水面を転がった。
 キモサベは中庸を得るということが苦手だ。何をやってもゼロか全開、最初からフルスロットル。スポーツもいきなり限界に挑む。当然の結果として破綻、この場合は転倒だ。スラロームに転倒はつきものだがキモサベはやたらこける。しかし、それは一種麻薬的な快感を伴う。キモサベはスラロームで転倒する事が好きなのだ。
 何度も何度も転倒し体力を消耗し尽くした。ボートにサインを出し、ファーストトライアル終了。水中で板を脱ぎボートに上がる準備をしていると、インストラクターから「キモサベさん、上がる前にウエイク一本やっとけば」のご提案。「そうですね」誘われるがままにウウエイク用の板をはきスタート。スラロームに比べボートは低速、スタートもユラユラッと立ってしまう。すぐに技に挑む、そしてこける、またこける。横乗り系スポーツの共通点に転倒の唐突さがある、スノーボードでもそうだが、受け身をとる暇がない。
 「キモサベさん、そろそろ上がる」「あー、あー、明日はね、、やっておかないと、、」「はっ?」「はい、あしたね、、あしたは、、」
 俺は何を言ってる、、違う違う、俺が言いたいのはそうじゃない、、で、言いたいのは何だ、何だっけ、、何だっけ、、


「だめ押し」///キモサベがお世話になっていたスクールは山中湖のほとりにあります。駐車スペースから、気をつけないとすぐに転んでしまう、登山道のような通路を下り湖畔にでると、雑木に囲まれたクラブハウスがあります。クラブハウス、、というよりはホームレスハウス(関係者の皆さんごめんなさい)には煮炊きのできるキッチン、椅子一つの事務所、半分屋外の倉庫が、畳三畳ほどのスペースに配されています。メンバーがくつろげるスペースは6畳ほどで、直射日光や雨を避けるという役割を果たしてはいます。初めて連れて行く人は「えっ、ここが、、」と一様に驚きます。しかし、スタッフはみな善意の人でキモサベはこのスクールを気に入っていました。
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「キモサベさん、大丈夫ですか」インストラクターが笑いながらたずねた。「ちょっと風が出てきたから対岸へ移動します。キモサベさん上がるのも面倒だから、滑っていけば、、でも、あんまりこけないでね、」ボートの中の仲間達がそれを聞いて笑っている。
 そして、キモサベは愚かにも言われるがまま、渡されたスラロームスキーにはきかえ、まっすぐに全開で疾走するボートに引かれ、あきれたことにまた、ギリギリのスラローム、転倒、、
 「上がりましょっか、ね、」さすがにインストラクターもそれ以上はすすめなかった。キモサベはボートのエンジンに足を掛け、クリートに結ばれたロープに手をかけ、満身の力をこめて這い上がった。ズルッと手が滑り水の中へ落下。何度やっても上がれない。「しょうがないなあ」仲間の一人が手をかしてくれて、ようやくボートの中に転がり込んだ。
 ライフジャケットのファスナーを外そうとするが指に力が入らない。諦めて手袋を脱ごうとするのだが掴めない。筋肉が緊張しているせいに違いない。自分の事は後回しにして、次に滑るスキーヤーのスタート準備を手伝った。あれこれ手を出すのだが、うまくいかない。水面に浮かぶスキーヤーにロープを投げてやるのだが定まらず、トンチンカンな場所にポチャンと落ちる。めきめき腕を上げている会社の後輩に当たるスキーヤーに、頑張ってね、と声をかけるのが、実際に口に出た言葉は「ほいほいさん(名前は正解)、えーと、風が吹いてるからね、風がね、、」俺、、おかしい、、


「脳、、」///水上スキースクールの一日は9時から始まります。しかし準備さえできていれば、8時前から滑る事もできます。我々のグループは、朝に弱い者が数名いるため、大抵9時過ぎに到着。こみ具合にもよりますが昼飯前に一回、午後に2、3回滑ります。昼食は近所のレストランに出かけるか、コンビニに買い出しに行くか、簡単に済ませます。そして、夕方5時くらいになると、校長が済まなそうに集金をはじめます。これが終わりの合図、帰り支度をはじめます。
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ボートに乗った仲間のスキーヤーが全員滑り終わった。ボートはクラブハウスのある桟橋に向かった。仲間達もこの頃にはキモサベの異変に気づき、「キモサベさん寝てないから疲れたんだよ」「いきなり全開で滑ったから体がビックリしたんじゃないの」「少し休めば良くなるよ」などと心配してくれる。
 桟橋に接岸。自分のスキー、ライフジャケット、手袋を持ってボートから降りる。この単純な事ができない。順番が分からない。スキーを抱えてボートを降り、手袋を忘れた事に気がつき、ボートに戻りスキーを置いて手袋を持ち、ライフジャケットも持たなくてはと途方にくれ、ボートの中で座り込み、、、気を取り直してライフジャケットを抱える、、さあどうしたものか立ちすくむ。「キモサベさん、手袋だけ持って行きなよ、後は持って行くから」やさしいお言葉に甘え、手袋を持って桟橋を歩き始める。すぐに手袋を落とす。拾ってはまた落とす。
 外見はさしたる変化も無いらしく皆普通に接してくれる。「皆さん今日は特別サービスで食事用意しました」スクールの校長がドライカレーを振る舞ってくれた。一口食べた。大きなくしゃみ、口の中のものを吐き出した。皆、びっくり、あきれている。汚れをかたづけて二口目、また盛大なくしゃみ、吐き出す。3回目をやって食べるのを諦めた。
 「キモサベさんコテージに戻って休んだ方がいいよ」「一眠りすればすっきりするよ」自分の異常を自覚していたキモサベはすすめに従った。一緒のボートに乗っていたホイホイさんが運転しておくってくれた。車中寒がるキモサベを気遣って、最近できた公営の日帰り温泉を提案してくれた。キモサベはその通りにした。多分その時点では、自分で他の選択肢を考える事はできなかったのだと思う。
 こぎれいな建物の入り口、人が溢れている。番頭さん風のユニフォームを着た職員が「一時間から2時間待ちでーす。」と怒鳴っている。「どうします、そんな待てないもんね、帰りますねコテージへ」ホイホイさんもキモサベの様子から、今後の事をたずねても具体的な返事が得られないと悟り、どんどん決めてくれる。
 コテージへの帰路「あ、診療所って看板ありますよ、行きましょう」どんどん決めて、どんどん連れて行ってくれた。古ぼけた木造平屋の小さな診療所、待っている患者も無く,すぐに医師が出てきた。だらしなく白衣をはおった小太りの若い医者、「どうしましたあ」。ホイホイさんが手短かに説明してくれた。うなずいて聞いていた医師は、キモサベに名前とか住所とかをたずねた。「100パーセント脳です。」医者は言下に結論をくだした。脳、脳、、脳、、、


「臨死体験」///キモサベは幼稚園の頃、斜視の手術で入院しました。それを最初に6回の入院経験があります。家族、親戚に医者が多い事もあり、ちょっと病院評論家。病室、医師、看護婦、、病院は様々です。乱暴ですが「安心の病院」と「不安の病院」に大別できます。病院はボロボロ、ちょっと不潔、でも医師、看護婦がよければ安心できます。反対に最新鋭のピカピカ病院でも、お粗末な看護婦だとなにかと心配です。今回運ばれた病院は、、フアンデス。。
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「じゃあ、救急車呼びます。入院です。奥さん一緒に着いてきますか、それとも準備して、あとから病院いきますか」小太りの若い医師、印象と違い、テキパキしている。「奥さんじゃないんですけど、車で救急車の後着いてきます」ホイホイさんも誤解にこだわらず、テキパキ事を進める。こうなると段取りのお話、キモサベは参加する意思も能力もなく、ただ「お任せします」。。
 キモサベの記憶はこのあとしばらく途切れている。救急車で運ばれる前後が全く思い出せない。次は診療室から記憶再生「キモサベさん、キモサベさん、聞こえますか、返事して、キモサベさん、起きてくださーい、起きてー、起きろーー」看護婦の声から始まる。「はい、じゃあ、お名前は」「キモサベです」、住所は「、、、世田谷区、、じゃなくて、、ほら、、あの、、えっとー、、」「はーい、いいですよー、じゃね、じゃあ、今日はなんねんなんがつなんにちですかー」「なんねん、、なんねん、ねんのねん、、」「はい、いいですよー、先生おねがいしまーす」
医師登場「それじゃあ絶対安静ってことでね、はい」のひとこと、で所要1分の診断が終わり、病室へ運ばれた。
 この部屋で点滴をうけながら7日間を過ごしたのだが、記憶はぼんやりしている。後日家族友人知人に取材した結果では、意識不明と言う事でもなく、会話もしているようだ。キモサベが覚えているのは、白いタイルばりの床、その中央にある大きな排水口、部屋の隅に置かれた数本のボンベ、ベッドの上に白い布を首まで掛けて寝ているキモサベ自身、、思い出せる絵は天井から見下ろす俯瞰なのだ。その道の方は「キモサベさん、それは臨死体験だよ、肉体から離れた魂が上からキモサベさんを見ていた訳よ」というが。。
 ただただ安静の7日間、医師はさらに安静を指示したが、実弟が母親とともにやってきてキモサベを連れ出した。


「自覚」///キモサベの場合、左の脳にゴルフボールくらいの出血がありました。流れ出た血液がその大きさに広がったということです。そこまで出血したところで赤血珠ががんばって止めてくれたのでしょう。出血量がもっと多ければ、もっと広い範囲がやられたということになります。キモサベにはこの辺のことが良くわかりません。ただ流れ出た血液に触れただけで脳は死んでしまうのでしょうか。血液が通わなくなったのなら分かり易いですが。脳は不思議です。
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弟は医師だ。最前線で最先端の医療と向き合っている。「早く次の処置をしないと直るものも直らくなるぞ」と多忙の中、車を飛ばして来てくれた。ステーションワゴンの荷室に寝かされ、大きな病院に運ばれた。CTやらMRIやらで3日間かけて検査された。どんどん体を動かした。トイレも自分で歩いていった。点滴は受けたが、食事はすぐに通常食になった。
 毎朝、看護婦さんが「キモサベさん、おはよー。今日は10時から眼科に行きますねえ、2時から高次脳障害のXX先生が見て下さいますからねえ、今日から病院内は自由に散歩して下さいねえ、外でちゃだめだよおう」と言った具合に、秘書よろしくスケジュールや注意事項のブリーフィングをしてくれる。日替わりメニューにキモサベも満足。
 5日目くらいだろうか担当医が画像を見せながら「ほら、だいぶ出血の跡が小さくなってきました。障害は残りますが、この調子なら多分仕事にも復帰できるでしょう」と言った。ん、「障害」「復帰」二つの言葉が突き刺さった。おれは、そう言う、深刻な病気だったんだ。程度を楽観視していたということではない。一切考えていなかったのだ、自分の病状も、立場も、先行きのことも。ただ、「バナナが食いたいなあ」「眠いなあ」「森がきれいだなあ」、、程度のことしか考えていなかったのだ。
 言語療法士の診療が始まった。一回目「キモサベさん、それではね、動物の名前を言って下さい、できるだけ沢山」。。はいはい、よしきた、動物ね、動物っと、、あれだろ、あれ、、動物だろう、、よし「ライオン」。。「はい、続けてえ」。。「ライオンでしょう、ライオン、、」
 ぜんぜんダメだぞ、俺は。。おれはひどいことになってるぞ。。
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by kemosabee | 2010-03-18 21:20 | 脳 リハビリ 看病
2009年 02月 07日

悩む能力

キモサベは脳内出血(=脳溢血、<脳梗塞)を患いました。にほんブログ村 病気ブログ 脳・神経・脊髄の病気へ
(ストーリー:序章 予兆 カウントダウン 異変 だめ押し 脳、、 
臨死体験 自覚 使者 後遺症 囲碁 暴挙 奇跡 回復希望申告 

人にその時の話をすると、
「大変でしたね、絶望的になったでしょう」とか
「死のうと思った事はなかった?」とか
訊かれます。

応えは「ノー」です。
言語療法士に「はい、キモサベさん、動物の名前を言ってみて下さい」
と言われ、「えっとーー、、、ライオン、、ライオン、、、」としか
答えられなかった時も「あれ、おれはヤバいことになってるぞ」っとは
思いましたが「アー!俺の人生は終わりだ」などとは思いませんでした。

それは「病にめげず、人生に立ち向かう強い意志」なんてものではなく、
「絶望」という概念に至らなかったのです。どころか、ひょっとすると
「絶望関連リソース」が頭の中から消え去っていたのかも知れません。

人間は良くできているんだと思います。脳がひどい状態になった時は、
悲観回路も閉ざされるようになっている。。神に感謝。

「ぼくちゃん関係なかったもんね発言」を繰り返す総理大臣を見ていて、
ふと思い出しました。どんな脈略?
d0114818_120660.jpg

さらにこじつければ、生まれてすぐに母親が死んだハンクを不憫に
思い、同情の涙を流したリするけれど、ハンクの記憶/意識の中には
微塵もない訳です。やつはヒョウヒョウと生きています。

意味不明な日記、ごめんなさい。
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by kemosabee | 2009-02-07 12:00 | 脳 リハビリ 看病
2008年 11月 06日

ボタンの掛け違い

 「チョットしたボタンの掛け違えだったんでしょうね」
よく使われる表現です。

 男女の破局を報じるワイドショーの慣用句。


 小さい子がなかなかボタンをちゃんと掛けられない。

 これは脳の機能に問題がある場合がある、、そうです。

 キモサベも小さい頃苦手でした。。

 この写真を見ると今も苦手なようです。

気になって今着ているシャツの袖口を見てみました。
右はオッケー、やはり、左はダメです。にほんブログ村 病気ブログ 脳・神経・脊髄の病気へ
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by kemosabee | 2008-11-06 12:01 | 脳 リハビリ 看病